意味は「理想とするものに心引かれる」
語源は
もとは「あくがる」。「かる」は離れる意で、人の体や言葉が「本来あるべき場所から離れる」事。
だからどうなのって感じではありますが。
昔、「憧れる」という言葉に言いようの無い空々しさを感じました。
「憧れる」という言葉にはややもすれば「あれに成り代わろう」「同化しよう」という意味合いを感じる事がありました。
強い違和感があったんですね。
何故だろう。何故だろう。と思っていました。
違和感を感じた当時は、辞書を引く事なんてしない子供でしたので、暫らく経つうちに違和感があった事すら忘れてしまいました。
どうして違和感を感じたのかという事も問題ではあるけれど、ようやく腑に落ちました。
どうやら、私は古い方の意味合いを強く感じていたようです。
と同時に、「誰か」に「憧れる必要が無い」事も感じ取りました。
「憧れる」事で「本来あるべき自分を失くす」なら、それは私には不要な感情です。
私が成長する為には必要だったかもしれないけれど、「何故」が分かった今は、もう「憧れ」という名の感情を抱く事は無いように思います。
あ、「心引かれる」意味で使われるようになったのは鎌倉時代以降だそうです。
最初に「憧れる」を「心引かれる」意味で使った人は、何を考えてこの言葉を使ったんだろう。
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ご無沙汰してます。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今、このブログの方向性について少々考えております。
ブログっていうか、「ゆずりんご」という一個人としての活動についてですかね。
暗中模索してるので、中々皆さんの前に姿を現さないでいるかもしれません。
また、友人とある「企み」をしておりますので、その準備に手間取る事があるかもしれません。
或いは、行き先(就職などの進路の事ね)未定につき、行き先を捉える事にばかり苦心しているかもしれません。
いずれにせよ、私がやりたいのは小話与太話の類だという事に気付きました。
世界の構成要素という存在について知りたい、というか。
知りたいと思えば思うほど、自分がワクワクしているのに気がつきます。
この世はまだまだ未知数。自分も未知数。
でも、指針無しには何も出来ない。
じゃあ、自分の指針って何ぞや? という事もお話したいですね。
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